大阪高等裁判所 昭和51年(く)4号 決定 1976年2月13日
少年 Z・Y(昭三〇・一二・二一生)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣意は、附添人○井○祐作成の抗告申告書記載のとおりであるが、その要旨は、原決定が少年(現在成人に達しているが便宜上以下少年という。)の非行事実として認定している強姦の事実については、本件記録上一応強姦罪の成立が認められるとはいえ、アパートに一人で住んでいる被害者○田○子が夜半訪れた少年の入室を拒否せず、姦淫される際にも、一応抵抗したり逃げようとしたりしているものの大声を出して救いを求めるなどの行為に出ていない点、少年も姦淫に際し被害者を監禁したり強度の暴行を加えたりしていない点及び被害者は告訴してから四日後に告訴を取り下げている点などの諸事情に徴すると、被害者が姦淫を拒否する意思はさほど強くなかつたものと推認するほかはなく、この点からして少年の強姦行為の違法性、有責性は強度であるとはいえないのみならず、前記の如く告訴が取り下げられている点及び被害者との間に既に示談が成立している点など犯行後の情状も斟酌されるべきであり、又、少年には、これまで道路交通法違反により反則金を一回支払つたことがあるほかには前科、前歴は全くなく、少年の実父にも道徳的にはともかく経済的には十分保護能力が存するから少年の要保護性は少年院に収容して保護しなければならないほどに強いものではなく、さらに、原決定は少年が成人に達する日の前日になされているが、少年が成人に達した後事件が検察官に送致されたならば、原決定が認定した非行事実中、強姦の点は告訴の取下げにより不起訴処分となることは明らかであり、業務上過失傷害の点は被害の程度からして罰金刑をもつて処断される筈であり、以上の諸事情を総合すれば、少年に対する保護処分としては、保護観察所の保護観察に付すべき旨の在宅保護の処分がなされるべきであつて、少年を中等少年院に送致する旨の原決定の処分は著しく不当であるから原決定は取り消されるべきである、というのである。
そこで、所論にかんがみ、本件保護事件記録及び少年調査記録を精査して検討するのに、原決定が認定した非行事実中強姦の事実については、なるほど、被害者○田○子は、一人住まいのアパートの自室(四帖半)において、夜半ふとんを敷きネグリジェ姿になつていたにも拘らず、一面識の少年の入室を拒否していないが、被害者は少年の入室を積極的に許容したわけではなく、同じアパートに居住する知人○内○偉方に止宿していた少年が「友達が酒を飲みに行つて一人でいるのでテレビを見せてくれ」といつて勝手に上がり込んでしまつたので、積極的に退去を求めなかつたにすぎず、強姦される直前頃には被害者も「もうねむいから帰つて」と申し向けて少年の退去を保しているのであり、又、被害者は、少年にいきなり仰向けに押し倒された際には、大声で「やめて」と叫び、少年に口を押えられるや、少年の手を押しのけて起き上がり、入口の方へ逃げたが、入口に立ちふさがつた少年に押し戻されてふとんの上に仰向けに倒され、馬乗りになられた上手足を押えつけられたりしたので、その後はさしたる抵抗もできず、恐しさのため大声も出ないまま姦淫されるに至つたのであり、被害者が告訴を取り下げたのも少年の叔母の尽力により示談が成立したことによるものと推認されるし、被害者は姦淫された後寝ないで泣いていた事実も認められるのであつて、これらの諸事実に徴すると、被害者に姦淫を強く拒否する意思がなかつたとは到底認められず、却つて、少年が被害者の部屋に赴く際既にあわよくば被害者と肉体関係を結ぼうとの下心を持つていたものと認められる点及び被害者を強姦した直後少年が友人らに右強姦の事実を自慢たらしく吹聴している点などを合わせ考えると、原決定も説示する如く右強姦行為は悪質といわなければならないのみならず、原決定が認定した非行事実中業務上過失傷害事件も、見とおしの悪い急カーブを時速約七〇キロメートルの高速度で通過しようとした無謀運転に基因する事故であつて悪質といわなければならないところ、少年には、これまで道路交通法違反により反則金を二回支払つたことがあるほかには前科、前歴は全くないが、少年は幼時から悪環境に育つたため、性格的偏倚と情緒障碍が強く、共感性、思いやり、やさしさが欠け、自己本位的な行動をとり易く、高校卒業後は生活態度が安定せず、遊び人的生活態度を身につけ、性的衝動も極めて強くて性的な乱れは甚だしく、異性を性欲の満足を得る対象としてのみ意識しており、このような少年の性格面、情緒面における問題が本件非行の原因となり本件非行に徴表されているものと認められるから、少年の要保護性は決して軽視し難く、少年の親族の保護能力についても、少年の実父は、経済的にはともかく、より重要なその他の面では保護能力を有するとは認め難く、少年の実母、叔母、らの保護能力も乏しいことは原決定の説示するとおりであり、右のような少年の性格面、情緒面における問題の大きさや親族の保護能力の乏しさ等に着眼すれば、少年に対しては在宅保護は妥当ではなく、収容保護が妥当であることは原決定の説示するとおりであり、右強姦について被害者との間に示談が成立し告訴が取り下げられており、少年が成人に達した後本件が検察官に送致された場合には、強姦の点は告訴取下げにより不起訴処分となることが明らかであり、業務上過失傷害の点は罰金刑で処断される可能性がある(示談成立の場合)としても、これらの事情は少年に対する保護処分についての右結論を左右すべき事情とはいえないから、少年を中等少年院送致処分に付した原決定の処分は相当であるといわなければならない。
よつて、本件抗告は理由がないから、少年法三三条一項後段、少年審判規則五〇条により主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 石松竹雄 裁判官 角敬 長谷川俊作)
参考一 付添人弁護士作成の抗告申立書
抗告申告書
少年Z・Y
(昭和三〇年一二月二一日生)
右の者に対する強姦、業務上過失傷害少年保護事件について、昭和五〇年十二月二〇日大阪家庭裁判所において、少年を中等少年院に送致する旨の決定がなされたが、この決定は全部不服であるので抗告の申立をするとともに、原裁判所または抗告裁判所は職権で右裁判所の執行を停止すべきことを求める。
なお抗告の趣意は後記のとおりである。
抗告の趣意
少年を中等少年院に送致した原審決定は、その処分が著しく重く不当である。以下その理由を述べる。
(一) 原審決定は非行事実として強姦を認定している。しかしながら、この強姦罪の成立については、多分に疑わしい点があり、和姦であつたのではないかと思わせる。即ち一応外形的には反抗を抑圧して姦淫したと認められるかも知れないが、少年は友人○内○偉方に遊びに来て、同じアパートに住む被害者○田○子とは当日、右○内を介して知り合い、○内を交えて、同女の部屋で雑談をして遊んでいた。少年は同女に好意を感じて、その日の夜半、同女の部屋を訪れたが同女の部屋に入るについては、別に拒否はされていない。そもそもこんな時間に男性に訪問された女性は入室を拒否すべきである。そして少年が行動に移るや一応抵抗したり、逃げようとした形跡は伺われるが、その後は、大声を出して救いを求める等の退避行為はしておらず、ずるずると少年とは二回も性交を重ねている。抵抗し逃避しようとおもえば容易にできた筈なのに、そうはしていない。
(二) そして同じアパートに住み、同女に好意を感じていたと思われる○岡某が、警察に本件事実を申告したので同女も警察に呼ばれ、十二月九日一応、告訴調書に署名しているが、四日後の十二月一三日には、自発的に告訴を取下げている。いち早く告訴を取下げ、相手を宥恕している点をみても、強姦であつたのか否か非常に疑わしい。
(三) 付添人は原決定に重大な事実誤認があると主張するものではないがもともと本件の強姦事実は、その成立が疑わしい面があり、刑事裁判であれば大いに問題となる筈のものである。本件記録上、一応はその成立が認められるとしても、這般の状況下では、強姦の違法性、有責性はかなり減少していると考えられ、少年の処遇にとつて考慮せらるべきであつたと思う。
即ち、強姦の方法において監禁とか、強度の暴力は行使されておらず、半ば合意が生じたかとも思われるような本件の事実、そして前述のごとく告訴は取下げられ、少年の叔母の努力により示談も成立している。このような犯罪そのものの情況は斟酌せられるべきであつた。一件記録によれば、検察官も警察官も処遇意見としては保護観察の意見をつけていることが認められる。
(四) 本件少年には、道交法違反で一回反則金を払つた以外に、前歴、処分歴は見当らない。凡そ少年保護にとつては、収容保護(少年院送致等)は人身の拘束を伴うものであるから慎重になされるべきものである。保護を要する少年に対しては、保護観察、試験観察等、できるだけ在宅保護をもつてあたり、少年に対する指導、環境調整等の処置がなされるべきであり、在宅保護をもつてしてはその目的を達することができない、強度の矯正を必要とする少年にのみ収容処分を科すべきである。
本件少年についても、まず保護観察に付することにより、指導、援助を加えて保護の適正を期することができた筈である。
(五) 本少年に対しては、少年が成人に達する日の前日に少年院送致の決定がなされた。若し成人後に裁判を受けたとすれば、強姦の点は告訴の取下により、不起訴となること確実であり、業務上過失傷害の点については、傷害の程度よりみて恐らく罰金刑になつていたであろう。しかるに原審は少年を成人に達する前日に在宅保護の途を採用せずに少年院送致にした。十二月一六日に受理して、四日目の十二月二〇日、調査と審判を一日でやつてのけたのである。
(六) 本件担当調査官は少年の家庭は悪いという。少年の実父が実母と同居せず愛人と生活していることを指して、そう指摘したものと察せられる。成程妾を持つような父は教育的でなく、子の監督にとつて一般に適切でないかも知れない。併し何故本少年の実父母が共に生活できず、父がそのような男女関係を形成せざるを得なかつたか調査したであろうか。少年の実父は魚類仲買商をしている。経済的には実父の両親(別居中)に仕送りをしており、又、実母にも月額七万円を送金しており、少年の兄Z・Hには東京の大学に遊学させているので相当な金額の仕送りをしている。
その上で実父自身の三人家族を養つているのであつて、経済的な力は充分である。原審判廷で母は少年に喫茶店経営をさせる予定だと供述したが、実父には少年に店一軒持たせる位の実力、保護能力は存在する。実父が道徳的に問題がある人物だと原審が考えたのであれば、その時こそ保護司に委ね、その善導によつて、少年を更正させ得たのではないかと思われる。まるで徴罰を加えるような恰好で在宅保護を考慮せず、いきなり、一気に少年を中等少年院に送致したことは、著しく処分が不当であるとの謗を免れない。
(七) 業務上過失傷害の点については、被害者と実父の間で示談進行中であり、既に大方の話はつき、来年一月一五日に最終的に書面を作成することになつているので、追つて証拠として提出したいと考えている。
以上、本件の罪質、犯情、少年の性格、家庭環境、少年の非行性の程度よりみて、少年を保護観察、その他の在宅保護の措置を講ずべきであつて、収容保護にしたことは著しく処分が不当であり原決定は取消されるべきである。
昭和五〇年十二月三一日
申立人(付添人)
弁護士○井○祐
大阪高等裁判所御中